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150年の歩み

人がこの世に生を受けるとともに、人生という名のカレンダー(暦)が時を刻み始める。
絶え間なく流れ続ける時間。私たちは、日常あまりそれを意識することなく過ごしている。
何気ないと思われる日常に、忘れられない『今日』が突然現れる。

入学式、あらゆるものが輝いて見えた日
 祈りながら、合格発表の掲示板を見上げた日
 初任給で、母にプレゼントを贈った日
 一緒に、同じレールの上を歩きたいと思った人に出会えた日
 小さな娘の手を、初めて握った日
 娘の涙ながらの「嫁ぎます」の言葉を、背中で聞いた日

にしばたは、そうした想い出に残る『今日』を大切にするため、創業以来150年にわたってカレンダーを創りつづけています。

福井藩主越前松平家に大工として出入りを許されていた西端家が伊勢暦の出版を託される。扇・扇子の販売もあわせて、現在福井地裁のある福井市春山1丁目で創業。

当時、初代西端春は福井市内にある九十九橋のたもとで年末に暦を販売していたとされる。当時は職人による木彫りの木版で暦を刷り上げた。  

明治30年代になるとカレンダーの先駆けである華麗な絵が入った引札暦が大流行。  

1945年福井空襲で被災した市内を1948年福井震災が襲う。不屈・不断の努力で復興と発展を遂げる。この機に福井市宝永3丁目に移転。

空襲・震災により社屋が全壊。当時3代目西端利雄を中心とし社員一致団結し再起を図る。所有していた木版類は消失したと伝わる。

昭和30年代後半に扇風機など家電の普及により扇子・うちわの需要が減少。「専門職に特化する」という方針でカレンダー販売戦略に経営の舵を切る。

1968年9月カレンダー事業を拡充するため資本金400万円で法人化。印刷・配送工場を相次いで新設し、大量の受注にも対応可能になる。

『吾のほか、みな師なり』の精神で日本海側から全国へ販売網強化を図る。営業拠点の整備と販売ルートの確立を目指す。

当時社長自ら東京へ赴き、自転車のペダルを踏みながら毎日毎日顧客の開拓を行っていたという。全国各地を営業行脚する日々を過ごす。

設立当時から年一回国内または海外へ全社員で研修旅行を行う。社風として社長と社員が垣根なく接している。(写真は1977年香港旅行)

1977年灯明寺工場完成。工場の狭小と、カレンダー取扱量急増のため灯明寺工場を新設。充実した保管・物流機能を備える。

1977年から1984年にかけ製造部門を順次移行及び印刷機・断裁・製本設備の増設。集中管理体制を確立する。

自らがこれまで歩んできた道を脳裏によぎらせ、営業社員には「1時間、いや10分でもいいからお客様と長く話し込め」と商売の原点を説く。

事業本部を新設し、本社よりカレンダー事務部門を分離。全国に営業所と代理店を設け、安定したワンストップサービスを提供する。

わずか数名で起業した会社も、1987年には従業員80名を超えるまでに成長。情報技術の発展と普及に対応。

「カレンダーは人が営みを続ける上で欠くことの出来ないもの。それ故、間違いは許されない印刷物」と語る。細心の注意のもと生産を行う。

1992年坂井工場完成。同年9月25日竣工式並びに式典・披露パーティーを開催。数年来の懸案だった新工場の落成を来賓の皆様とともに祝う。

坂井工場を新設し、ホットメルト製本の増加や多品種小ロット生産へ対応。大型倉庫と最新の製本機を備えるとともに、物流の利便性も実現。

いち早くカレンダーの企画・製版にDTP導入。デジタルデータとして運用管理し、コスト削減と製作スピードの向上で競争力を強化する。

業界トップシェアを実現するため、一括管理による競争率の高い生産体制と、お客様に対して誠実なものづくりを追求する。

厳しい時代にも、販売網と生産ラインを拡充を続ける。「カレンダーは日本の文化」暦とともに、老舗の歴史を重ねてゆく。

会社設立当時は、わずか数台の名入印刷機が現在では業界トップの保有台数を誇る。荘厳な音で新しい年の暦が紡がれていく。

多様化するお客様のニーズにお応えし、品質及び作業効率向上を目指すため、引き続き積極的な設備投資を行う。

灯明寺第2工場商品課新設に伴い、8台のホットメルト製本機含む製本設備を坂井工場に一本化。 

1870年(明治3年)

西端扇舗の屋号にて創業

1872年(明治5年)

太陽暦に改暦。翌年1月から実施。

1945年(昭和20年)

暦の出版が自由化。

1953年(昭和28年)

西端カレンダーに店名を変更

1965年(昭和40年)

本社社屋完成(現・綿製品事業部)

1968年(昭和43年)

株式会社にしばたに改称・設立。代表取締役社長に西端昭己就任

1970年(昭和45年)

印刷工場社屋・配送センターを完成。創業100周年

1971年(昭和46年)

東京営業所を開設

1972年(昭和47年)

大阪営業所を開設

1977年(昭和52年)

灯明寺工場を新設  敷地内に配送センター完成

1979年(昭和54年)

灯明寺工場内に製本工場を完成

1981年(昭和56年)

灯明寺工場内に印刷工場を完成

1984年(昭和59年)

灯明寺工場内に第2印刷工場完成

1987年(昭和62年)

事業本部・新配送センターを新設

1988年(昭和63年)

名古屋営業所を開設

1992年(平成4年)

坂井工場を新設

1997年(平成9年)

坂井工場敷地内に配送センター完成

 2005年(平成17年)

代表取締役社長に西端順一就任

 2007年(平成19年)

福岡営業所を開設

 2010年(平成22年)

東京営業所を台東区蔵前に移転

 2015年(平成27年)

灯明寺第2工場を新設

 2019年(令和元年)

灯明寺第2工場商品課を新設

 2020年(令和2年)

創業150周年

「伝統と飛躍」 西端扇舗から始まった150年

明治三年、西端扇舗として創業。当時は扇・扇子が主体だった。今では誰でも手にすることのできる暦(カレンダー)だが江戸時代には「人心を惑わす恐れがある」と厳しく管理されていた。この暦との関わりが出来たのは大工だった西端家。福井藩主越前松平家に出入りしていたことがきっかけで、伊勢暦の版権を託された。大工職人の技術で木版をつくるのはお手のもの、これを発行・販売したのが始まりとされる。空襲・震災と度重なる被災を経験。その後、いち早くカレンダーに特化するという方向に舵をとり、日本海側から全国へ展開していきます。これからも社是である「伝統と飛躍」の精神を見失うことなく、先人が築いた輝かしい歴史といつの時代にも示した気概とバイタリティを教訓とし、英知を結集してあらゆる可能性に果敢に挑戦していきます。

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